そこにあるのはツナ缶だ。

おつなとサバ夫のだらっとした日々。

怖い、というか不思議な話。

夏なので、怖い、というか不思議なおはなしをひとつ。


思い出しつつ話し言葉混じりで書いてみる。
私の元職場での話。いわゆる会社というものではなく公共の施設のような感じ、でご想像くださいまし。
こじんまりした建物で、職員は20人ちょっとで、一般利用者がしょっちゅう出入りする感じ。
都会の中にあるわりには緑が多く、職場の敷地内にもけっこう大きな木が生えていたりする。
その建物の中で私はとある部屋に1人。毎日延々と書類仕事をして過ごしておりました。


でね、一般利用者がいない時間帯には「節電!」でエアコン入らないんですよ。
だもんだから夏なんて、窓もドアも大大大全開にして、机の上に紙を並べていろいろ作業をしておりました。
外からの風で紙が飛ぶわめくれるわ。でもしかたない。文鎮がわりの本をドスドス置いて、なんとか作業をしておりました。
(冬は閉め切って着込んだ。そもそもミートテックという最強の防寒着をまとっているので寒い分にはなんともなかった。)

エアコンすらつかないんですから、もちろんエレベーターも節電ってことで普段から使っちゃいけないことになっていたんです。
台車使う時だけok。4階だしね。
そしてこのフロアで作業をしているのは基本的に私1人きり。一般利用者は入ってこられない。
他の職員もほぼほぼ来ない。秘境みたいなとこだったなあ。

エレベーター扉の真ん前に私の仕事場所のドアがあって、ドアはでっかいガラス製。しかも開けっ放し。
作業していても誰が来たかすぐわかる。机から丸見えだから。

もうおわかりでしょう、このエレベーターがですね、開くんですよ。
頻繁に、ちーん、がががー。って。
その都度そちらを見ますわね。誰もいませんわね。使っちゃいけないことになってますからね。
でも開くんですよ。ちーん、がががーって。
そのまましばらく開いていて、がしょん、と閉じて、また下へ行く。

あー、ボタン押し間違えたのかな、3階までで降りてそのまま箱だけここに来たのかねえ、3階で使うなんてもう、いいなあ!いいなあ!なんて呑気に構えていたんですけれど
いかんせん、頻繁すぎる。ちーん、がががー。この「ちーん」がまた良く響くんだ無人の廊下に。

安全のために一定時間で動くものもあるとか聞いたことがあるし、ここもそういう仕様なのかしらね、と納得しかけていたある日、難しい顔した事務の人から「エレベーターは、使わないでください」と念を押されてしまった。
ええ……使ってませんけれど……と抗弁するも「4階まで行くじゃないですか。表示見てましたから知ってるんです。やめてください」とさらに怒られた。
そう言われても身に覚えはないし、誰も乗ってないのに開くんですよ、と言っても信じてもらえない。
理不尽に怒られて納得がいかない。ので、2人の間の空気は日に日に悪くなる。(人間ができていないのです私は)

とうとう「そんなに開くんだって言うなら点検してもらいます!」ということで業者さんに入ってもらったけどもちろん異常なし。
そして次の日にまた、ちーん、がががー。

事務の人には張り込みまがいのことまでされたけど、そういう日に限ってうんともすんとも言わないエレベーター。
ほら見ろや、と言わんばかりの顔で事務室に帰って行きましたわエレベーター使って。おい、いいのかよ。
最終的に事務まわりだけじゃなく他の職員さんにまで「勝手にエレベーターを使いしらばっくれてる奴がいる」と素敵話をし始めたようで、こりゃどうしようかね、と思い始めていた時に、ことが起こりましたのよ。


その頃は夏です。窓全開です。風で飛ぶんですよ紙が。
作業の都合上、全部を固定しておくわけにはいかないのでね、仮留めしても飛ぶんですよとほほ。
あの時も飛びましてね、廊下に出ちゃって、あああああと追っかけて出たとこで

ちーん、がががー。

あーまた開いたわーちょっともうやめてよねー、と、紙に手を伸ばしたらね
真横に、滑っていったんですよ紙が。
拾う寸前、蹴飛ばされた?はねのけられた?みたいに真横に。
こっち側からの風で飛んだんだから、向こうにそのまま飛ぶか、エレベーター側からの風で手前に戻ってくるならわかるんですよ。
それが、真横。方向が90度違うの。スピードも違うの。
シュッ!って横すべり。

脳内での処理が追いつかなくなると動きが止まるのね。情報処理が間に合わない。
もともとコンパクトな脳味噌だからしかたないね!

そのままそーっと紙を拾って、部屋に戻って、窓閉めて、帰り支度して、階段で1階まで降りて、
「あ、すみません調子悪いんで帰りまーす」って建物出た。一言声をかけるだけで帰れちゃうステキ職場でしたねえ、そこは良かった、と言えますな。


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家帰ってすぐ仏壇に手を合わせたね。爺様婆様ちょいと聞いとくれよ、って。


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次の日も仕事はありますわな。

ええ行きましたわよ。しかたないですもの。おちんぎん大事。
階段のぼって仕事部屋ドア全開にして、窓開けて、

ちーん、がががー。

あああああもおおおおお!怖いよりイライラが勝った。
あ“あ”ん!?な顔で振り向いたら、古株職員のYさんがエレベーターから降りてきた。
今回のエレベーターは中身入りだったのね。って使っていいのか。

古株職員のYさん。この職場の設立時から勤めている飄々としたかたで、なんだか憎めないかわいさがある。
おじさんなのにかわいくて、モテはしないが好かれている。
何かやらかしても「Yさんならしょうがないかー」で全てが許される、トクな性分のおかた。
個人的に、輝くデコがステキだわあ、と飲み会の時には遠くから眺めていたおかただ。私はハゲデコが好きなの。
そのYさん、前日早退けをした私を気にかけてくれたようでわざわざ様子を見にきてくれたらしい。
病気とかじゃないしご心配なく、ありがとうございます、と話していたら

ちーん、がががー。

件のエレベーターが、人がいる時に開いた。
Yさん見ました?開きましたよね誰もいませんよね!?ね??
うろたえている私と一緒にエレベーター見ているYさん。がしょん。無人の扉が閉まって、下へ下へ。

「あー、そうだねえ、開いたねえ。やっぱりかあ。えーと、」

Yさん、あまりにも普段通りだった。

「あれね、しょうがないから。いたずらだから気にしないであげて?」


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昔々、この職場ができた頃。敷地内の緑は今よりも深く、木も多く。
そのうちの一本の大きな木、私の作業部屋から見える大きな木、
それを指差してYさんはおっしゃいましたわよ。

「ここできた頃、あの木もまだ大きくなくてねー、手頃な高さだったんだよね。
朝、仕事に来たらねえ、男の人がぶら下がってたの。」

もちろん助かるわけもなく。騒ぎにはなったけれど捜査の結果犯罪というわけでもなく。
職場にも全然関係のない人だったそうで、突発的に吊りたくなっちゃった模様。

「ここらへんもともと戦場だったっていうしそういうこともあるのかもねえ。よばれちゃったのかもしれないね。
でね、その人ね、それからここに居着いちゃったみたいなの。たぶん彼いるよねえってみんなで言ってる。」

そんなニコニコ言われても。

「それからいろいろあったの、ここ。電気ついたりとかドアが動いたりとか。
でも一般利用者さんにはなんもしないみたいだし、彼の身元わかってるし、ほっとこうってことになったの。
おつなさんと事務の〇〇さんとがエレベーターのことでちょっともめてるって聞いたから、もしかして彼かなあ、って思って。
そういえばまだ話してなかったって思ってね。この頃おとなしかったから忘れてた!ゴメンね。
大丈夫だよー、たぶん悪い人じゃないから!
あ、〇〇さんにも昨日話したから、もうケンカしなくても平気だよー。」

……見えないかたの身元がわかっているっていうのは何か矛盾していやしないか。
そも「よばれた」言うなら「よんじゃった」人達もいるってことじゃーん!彼じゃなくて彼等じゃーん!
それに悪さしないっておっしゃいますが、私は迷惑被ったわけですが。事務の人と険悪だしだいいち心臓に良くないです。

「大丈夫大丈夫。お願いしてみたらいいよ、頼むとやめるから。」

エレベーターで1階に戻るYさん。(だから使っていいのか節電どうした)
それにしても本気か。Yさんだし、謀られてはいないのか。そっちの方が可能性が高そうだ。
でも開くのは事実だし。事務の〇〇さんにも話を通してくれたっていうし。本当なのか。

それじゃあ、と、昼休みこっそり別の職員さん(真面目姐さん)のところに行って話を聞いてみた。
本当だった。

その職員さんは事件の後に勤め始めたそうだけど、電気やらドアやらの変な出来事がいろいろあったのは本当で、
でも古株さん達が落ち着き払っているのを見ているうちに怖がるのもバカバカしくなったと。
そうこうしているうちに怪奇現象も無くなったしもう忘れていたという。
「ってことはまだいるのね。新しい人来て喜んだんじゃない?驚いてくれるから。からかわれたんだよ。」
最近のエレベーター話もそのせいだったのね、と、さらっと納得してくれたので私の濡れ衣は晴れそうだった。
が、一番の戸惑いポイントは、なんでみんなそんなにあっさりしているんだってこと。
社会ではこういうことが普通に起こり得るのか。全部のみこんで行動するのか。これが立派な社会人というものなのか。すげえ。
職員さんが一丸となって私らをからかっているんじゃあ……これも可能性としては高そう(それはそれで嫌だけどさ)
あっ、でも紙は!?90度しゅぱーん!って横っ飛び!


考えるのやめた。
他の職員さんと同じくスルーすることにした。
社会に出て仕事をするって大変だ。と、しみじみ思った。


後日、〇〇さんとはふたりして小学生みたいにごめんなさいを言い合って和解できましてね、
結局のところ「見えない彼」にみんなおっかぶせたわけですよ、もうしかたない、あの人達のせい!
私らは滞りなく仕事できればいい!おしまい!ってことにした。


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とりあえず、半信半疑でもYさんの言うとおりに「お願い」もしてみたんですよ。
申し訳ないんですけど、気が散って困るんでやめてくれます?って。
ドア開くたび「はいはーい」と返事もしてみた。驚かないよー?みたいに。
それを続けていたら、だんだん頻度が減って私が辞める頃にはほぼなくなってましたね、
いたずら好きにとってはつまらなかったのかもしれませんな。

一応私が辞めた後に入る人には申し送りで「何かあったらYさんに聞くといいです」としつこく念押ししておいた。
新しい人来たぜヒャッホウ!ってなるかもしれないでしょう、彼らもさ。
今もいたずらしているんだろか。いつか気が済む日が来るんだろか。


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お祓いとかできないんですか?と尋ねたけれど、事件の時にお弔いはしているし、それでも出るならしかたないよ、成仏するより楽しいのかもね、と。
嫌な感じもしないし、あの世によんだり引っ張り込んだりしなければ好きにしていていいよ、というスタンスの元職場そのものが不思議でありました。
まわりが落ち着き払っているとなんとなく納得してしまう。これもある意味正常性バイアスみたいなものなのだろか。

今の私はチキンに逆戻りですよ!変な音とかしたらビクビクしますよ。
住んでる世界が違うわけですから、それぞれのところで幸せに暮らせばいいんですよ。うん。
だからあんまりちょっかい出してこないでほしいなあ、と切に願うわけです。

もうすぐお盆ですし、普段は出てこないあちらの世界の方々も帰省をお考えなのでしょうが
今年はコロナで移動制限かかってますからね、帰省先は考えていただかないと。
どうしても顔が見たかったら枕元までいらしてもらうしかないですね、新しい生活と距離感に基づく出没場所。
だから私たちも驚かないように心づもりをしておきましょ。ね。


それではまた。

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